偽情報の戦術システム(1)

DISARMフレームワークで偽情報作戦を考える

この記事は約 14 分前後で読めます。

SNSやマスメディアを用いた海外からの情報操作は、「偽情報」(Disinformation)あるいは「FIMI」(Foreign Information Manipulation & Interference)1、もしくは影響力作戦(Influence Operation)と呼ばれます。
ターゲット国の認知に影響を及ぼし変容させるこうした活動は、各国の大統領選や国政選挙、あるいはオリンピック等国際的なイベントが開催される毎に観測されてきました。

偽情報作戦あるいは影響力作戦は、私たちの認知を歪め、敵にとって都合のよい価値観を抱かせたり、国民の間に不信と分裂を抱かせたり、民主主義や投票といった意思決定プロセスを不安定化させたりといった意図で行われます。

自然発生的なデマや、個人的な嘘つきの発言とは異なり、偽情報は明確な目的に基づき、外国あるいは第三者によって計画的かつ組織的に実行されます

私たちは、このような偽情報と戦うために、その具体的な手口や戦法について把握している必要があります。

本シリーズ「偽情報」記事ではEU加盟国でも活用される偽情報分析用フレームワーク2を参考に、偽情報の戦術システム(体系)を検討します。
第1回はDISARMの概要と、計画フェーズについて紹介します。

最近話題になった外国からの情報操作・干渉

2024年10月、欧州議会は、モルドバ大統領選に際してロシアが選挙干渉を行ったことに対し非難決議を行いました3。ロシアは、モルドバの新興財閥を通じて有権者の贈収賄計画を準備した他、総計1億ユーロを費やしてロシア国営メディアRT等を利用したサイバー攻撃や影響力作戦を行ったとされます。

なお、このモルドバ大統領選では親EU候補が当選しています。

2024年12月に行われたルーマニア大統領選では、TikTokにおいて構築された大規模なボット・インフルエンサーネットワークが泡沫候補をトレンド入りさせ、当該候補に首位を獲得させたものの、憲法裁判所によって選挙の無効が宣言されました4

外国あるいは第三勢力にとって、言論の自由と民主主義プロセスは攻撃ターゲットといえます。人びとの認知や心理、つまり世論を変容させることによって、その国の政策や社会に影響を与えることができるからです。
自由を尊重し民主主義を採用する国家である限り、必ずそこには影響力作戦の脆弱性が存在します。私たちはこのような攻撃行為が常に生起していることを認識し、その手法や兆候に対する免疫が確立している必要があります。

DISARM

今回紹介するDISARMは偽情報作戦・事案を記述し理解するために作られたフレームワークです。オープンソースの分析モデルでありEU等で広く参照されます5

DISARMの構成はサイバー攻撃の戦術・技術・要領(TTP、Tactics, Techniques, Procedures)を分析する著名な手法6を参考に作られています。

DISARMフレームワークでは、国家あるいは非国家の主体が行う偽情報作戦を:

  1. 計画
  2. 準備
  3. 実行
  4. 評価

の4フェーズに分割し、さらに各フェーズの具体的な戦術・技法を分類します。
このように偽情報作戦の断片的な行動を大きな枠組みにマッピングすることで、敵の行動を分析し、対策を検討する助けとなることを期しています。

DISARMフレームワークの全体像はこちらから確認できます7

図 DISARMフレームワークの全体像 出典:DISARM Foundation

偽情報作戦の過程である計画、準備、実行、評価の4フェーズはそれぞれ以下の戦術によって構成されます。

偽情報作戦のフェーズフェーズ概要戦術
1. 計画目的を設定し、その達成手段を考案するフェーズ・戦略の策定
・具体的目標の策定
・ターゲット視聴者層の分析
2. 準備計画を実行するための準備:人員・ネットワーク・チャンネル・コンテンツ等の整備フェーズ・「物語」(ナラティブ)の開発
・コンテンツ作成
・アセットの確立
・正当性の確立
・マイクロターゲティング
・チャンネルおよびアフォーダンスの選定
3. 実行計画の実行フェーズ・ポンプの呼び水(コンテンツの小規模公開)
・コンテンツの配信
・オフライン活動の実行
・情報戦環境の持続
・暴露の最大化
・オンライン上でのターゲットに対する攻撃
4. 評価作戦の有効性を評価し、フィードバックを得るフェーズ実行した作戦の効果を調査し、今後の計画に教訓を活かす
DISARMフレームワークのフェーズと戦術の対応表 出典:DISARM Foundation

それではフェーズごとの戦術を1つ1つ確認していくことにします。

フェーズ1:計画

偽情報作戦は予算と人員を割り当てて行う組織活動ですからまずは明確な目的と目標を設定しなければなりません。
このフェーズは主に偽情報作戦を主管する情報機関等の企画部署・計画部署によって進められるでしょう。

戦略の策定

作戦によって実現する大目的や、目標を達成するための条件等を定義します。
例えば、経済的・地政学的な優位を得ることや、ターゲットの政策を変更させるといった目的が設定されます。
この段階で、偽情報作戦のターゲットとなる、つまり偽コンテンツを受け取る層(オーディエンス)を設定します。

  • 日本の世論を自国に融和的な方向へ誘導し、国政選挙に影響させよう
  • そのためのターゲットは、日本で最も大きな割合を占める高齢者層が適切である

諸目標の策定

大目的を達成するためには、いくつかの目標をクリアしていく必要があります。この目標は、計測可能なものでなければなりません。
以下のような具体的な戦術目標が考案されます。

  • 市民やボランティア、組織を動員し、宣伝活動を促進しよう(国家宣伝の促進)
  • 敵の活動や評判を貶めよう(敵の毀損)
  • 敵の批判や非難は、的外れであるとして無視しよう(無視)
  • 新聞やテレビ、オールドメディアにケチをつけて、偽情報拡散を容易にしよう(信頼できる情報源への不信感醸成)
  • 切り抜き・切り取り・偏向報道しよう(歪曲)
  • 話をすり替えて議論をそらす(「そっちはどうなんだ?」論法8(注意をそらす)
  • ジャーナリストやニュースを脅迫して委縮させよう(狼狽・委縮)
  • 対外強硬派と融和派の間に激しい論争を発生させよう(分断)
  • ダミー企業や偽情報を駆使して、敵を誹謗中傷し、敵同士を仲違いさせ、その戦力を破壊しよう(敵の弱体化)
  • 支持者・後援者を増やし、彼らに正当化や論点ずらし、レピュテーション対策を行わせよう(支援の醸成)
  • 広告収入や詐欺、基金・募金、胡散臭いグッズの販売によって資金を確保(資金調達)
  • ターゲットを扇動、誘導し、強制し、特定の行動を起こさせよう(行為への動機づけ)
  • あるいはターゲットに対し自粛・沈黙を強いる(行為の抑止)
  • 批判的なターゲットを誹謗中傷、脅迫し、ヘイトを増幅させよう(加害行為)

ターゲット層の分析

偽情報作戦の数々の手法を効果的に実施するためにはそのターゲットを分析することが大切です。かれらのプロファイルや好み、平均的な特徴を正確につかむことで、かれらの心に刺さる偽コンテンツを届けることができるのです。

ここで行う作業は3つです。

  1. ターゲットのセグメント化
  2. 情報環境の分析
  3. 社会的・技術的脆弱性の特定

まずはターゲットとなる人々をセグメント化します。このグループ分けは、地理的要素、年齢、性別、経済的立場、政治的傾向、心理的属性に基づいて行います。細分化されたグループごとにローカライズされたコンテンツの作成や、効果の得られる働きかけ対象の選定といった判断に役に立ちます。

続いて、ターゲット層の情報環境を分析します。かれらが利用するSNSやWebはどこかを把握し、もっともポピュラーな情報チャネルを用いて影響力作戦を行います。ターゲットとする人びとの情報空間を把握するということは、かれらの弱点を突き止め、その弱点に対してメッセージを発信することを可能にします。

分析は次のような形態をとります。

  • SNS分析をモニタリング
  • トレンドやハッシュタグを特定
  • メディア調査を評価
  • Webトラフィック分析の実施
  • メディアへのアクセスに関する自由度を調査

偽情報計画部署では、次のようなターゲット層の分析が行われているかもしれません……
「国政選挙に対し最も影響力を持つ高齢者層は、YouTubeとLINEを最もよく利用する。また検索エンジンはYahooを多用し、〇〇のタイプの広告に対し反応する。日本では政治的コンテンツの制限・検閲は行われていないため、当該ターゲット層に届くコンテンツを発信することは容易である」

最後に、ターゲット層の社会的・技術的脆弱性(弱点)を特定します。かれらの脆弱性は、後の偽情報作戦過程において搾取される箇所となります。

DISARMフレームワークでは、次のような弱点を挙げています。
既に存在する社会的課題や問題を弱点として突くというコンセプトが特色です。

  • ターゲット層がエコーチェンバー(自分と同じ価値観の人びとだけが集まる閉鎖空間で、自分が間違っていないことを信じ切ってしまう現象)に陥っている領域を特定する(エコーチェンバー)
  • 検索エンジンが網羅していない用語やコンセプト、あるいは攻撃側が自作した用語やコンセプトは、後に偽情報を拡散させるのに都合の良い領域となる(データ空白(Data Void))
  • 人種的、宗教的、特定の出自に基づくあるいは社会的な偏見・差別は、ターゲット層を先鋭化させる脆弱性となる(既存の偏見・差別)
  • 既存の社会的・政治的分断もまた、ターゲットとなる人々を相互に分裂させ、「分割統治(Divide and Conquer)」することを可能にする(既存の分断)
  • 既存の陰謀論や疑惑は、偽情報作戦で伝播するナラティブを補強することが可能(既存の陰謀論・疑惑)
  • ターゲット層を分裂させる「くさび問題」(Wedge Issue)は、攻撃側によって活用することができる(くさび問題)
  • 既存メディアに対する不信・懐疑・信頼性の欠如は、偽情報を拡散させるための代替ニュースメディアを確立させる足がかりとなる(メディアシステム)

フェーズ2「準備」以降は、次の記事に続きます。


  1. 国内からの情報操作や感傷は「DIMI」(Domestic Information Manipulation & Interference)ともいわれます。 ↩︎
  2. https://www.disarm.foundation/framework ↩︎
  3. https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20241003IPR24421/parliament-condemns-russia-s-interference-in-moldova ↩︎
  4. https://jp.reuters.com/world/security/N2WCHREYT5LG5F35M5K246GLCI-2024-12-06/ ↩︎
  5. https://www.enisa.europa.eu/sites/default/files/publications/Foreign%20Information%20Manipulation%20and%20Interference%20%28FIMI%29%20and%20Cybersecurity%20-%20Threat%20Landscape.pdf ↩︎
  6. https://attack.mitre.org/ ↩︎
  7. https://disarmfoundation.github.io/disarm-navigator/ ↩︎
  8. https://ja.wikipedia.org/wiki/Whataboutism ↩︎

執筆者

G.アルボフ

G.アルボフ

ビヨンド・ネットウォーの運営者。 自衛隊を経て現在は民間人です。 情報戦やサイバー戦・認知戦・心理戦・総力戦等に関心があります。

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