偽情報の戦術システム(2)

DISARMフレームワークで偽情報作戦を考える

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SNSやマスメディアを用いた海外からの情報操作は、「偽情報」(Disinformation)あるいは「FIMI」(Foreign Information Manipulation & Interference)1、もしくは影響力作戦(Influence Operation)と呼ばれます。

偽情報作戦あるいは影響力作戦は、私たちの認知を歪め、敵にとって都合のよい価値観を抱かせたり、国民の間に不信と分裂を抱かせたり、民主主義や投票といった意思決定プロセスを不安定化させたりといった意図で行われます。

自然発生的なデマや、個人的な嘘つきの発言とは異なり、偽情報は明確な目的に基づき、外国あるいは第三者によって計画的かつ組織的に実行されます。私たちは、このような偽情報と戦うために、その具体的な手口や戦法について把握している必要があります。

本シリーズ「偽情報」記事ではEU加盟国でも活用される偽情報分析用フレームワーク「DISARM」2を参考に、偽情報の戦術システム(体系)を検討します。その2では、DISARMフレームワークの準備フェーズ、すなわち偽情報作戦を実行するための様々なアセット、アカウント、宣伝媒体の調達について紹介します。

その1はこちら

フェーズ2:準備の全容

計画フェーズに続く準備フェーズでは、偽情報作戦実行のための準備と能力開発を行います。これには人員、ネットワーク、チャンネル、コンテンツといった作戦に必要なアイテムの開発が含まれます。

偽情報作戦のフェーズフェーズ概要
1. 計画目的を設定し、その達成手段を考案するフェーズ
2. 準備計画を実行するための準備:人員・ネットワーク・チャンネル・コンテンツ等の整備フェーズ
3. 実行計画の実行フェーズ
4. 評価作戦の有効性を評価し、フィードバックを得るフェーズ
DISARMフレームワークのフェーズ 出典:DISARM Foundation

準備フェーズは、以下の6つの戦術からなります。

  • 「物語」(ナラティブ)の開発
  • コンテンツ作成
  • アセットの確立
  • 正当性の確立
  • マイクロターゲティング
  • チャンネルおよびアフォーダンスの選定

ナラティブ(物語)の開発

偽情報における「マスター・ナラティブ」(Master Narrative)とは、国家あるいは第三者が偽情報作戦に用いるための中心的な物語を指します。ターゲット国の社会全体に影響を与える物語を促進することが、この戦術の役割となります。
「マスター・ナラティブ」をターゲット国の社会に浸透させるために、日々のメッセージ発信や、オンライン・オフラインでの宣伝活動が行われます。

「マスター・ナラティブ」の例:

  • 外国勢力は我々を再び支配しようとしている。
  • 政府や政治家は外国勢力の傀儡である。
  • COVID-19やコロナワクチンに関して、政府・企業は隠し事をしている。

このような中心的なテーマを宣伝するために、偽情報作戦では次のようなテクニックを活用します。

  • 海外勢力は人種主義に基づいて敵対的な政策をとっている(既存のナラティブの活用)
  • ターゲット国からの反論に対しては、否定や無視で対抗し、逆に相手を非難し、執拗にソースや証拠の提示を求める(対抗ナラティブの開発)
  • 製薬会社を通じてコロナワクチンを日本に普及させ、チップを埋め込もうとしている(既存あるいは新規の陰謀論の活用)
  • 偽情報の「マスター・ナラティブ」に対する反論・ファクトチェックに対し、対応不可能な量・基準のソース・証拠の提示を求める(対応困難な証拠の要求)
  • 新しい首相は留学時代に情報機関に買収されたらしい(新しいナラティブの開発)
  • 高齢者の好むYouTubeでは、医療や年金問題と併せて「マスター・ナラティブ」を拡散する(ターゲット層の脆弱性をナラティブに統合)
  • 自然災害や衝撃的な犯罪ニュースに合わせて、ナラティブを宣伝(速報ニュースや危機を利用)

DISARMフレームワークでは、歴史上の実例もいくつか掲載しています。
例えば新規の陰謀論の開発例として、「HIV/AIDSは米国が生物兵器として開発した」という説が挙げられています。この偽情報は1980年代にソ連KGBが「INFEKTION」作戦3で流布したものです。その他の悪用された陰謀論としてはQアノンや反セム主義等があります。
計画フェーズで紹介したとおり、偽情報は人びとの脆弱性や社会的な問題や課題を悪用します。陰謀論の活用は特に「情報に疎く、社会において疎外された人びと4」に対して訴求するものと定義されています。

コンテンツ作成

中心となるナラティブが定まったら、それに基づいて宣伝・拡散・浸透させるためのコンテンツを作成します。
必要に応じてコンテンツの種類・媒体等を検討します。

  • ハッシュタグ
  • 音声コンテンツ作成
    • 切り取り音声
    • AI音声
  • 画像コンテンツ
    • 雑コラ
    • ディープフェイク
    • ミーム
  • テキスト・コンテンツ
    • 偽の研究
    • AI生成文
    • 書籍
    • 文書
    • フェイクニュース記事
    • 偽の社説・論説
    • 機械翻訳文
  • 動画コンテンツ
    • 切り取り動画
    • ディープフェイク
  • 事実歪曲
    • オープンソース・コンテンツ(Wikipedia等)の改変
    • 文脈からの切り離し
  • 非公開文書の取得
    • 公式文書の改変
    • 公式文書の取得(ハッキング、窃取等)
  • 既存コンテンツの再利用
    • 剽窃・引用
    • コピペ
    • 意図的に改変・誤訳されたコンテンツ

アセットの確立

作成したコンテンツをターゲット層に発信するために、直接コントロール可能なアセットを準備します。
本項でのアセットとはオンライン資産(アカウントやデバイス等)あるいはオフラインの資産を指しますが、特にオンライン上での準備が多くを占めます。

  • オンライン・アカウント
    • 管理者アカウント
    • 自動化アカウント
    • 無料アカウント
    • 類似・なりすましアカウントID
    • 認証済みアカウント
    • 有料アカウント
    • アカウント不要のプラットフォーム利用(Pastebin5、4ch6、8kun7(閉鎖)等)
  • 技術的ネットワーク
    • ボットネットの取得
    • プロキシの取得
  • SNSネットワーク
    • コミュニティやサブグループの開設
    • 組織の開設
    • 相互フォロー
  • オウンド・メディアの開設
  • データ分析サービスの活用
  • 資金管理
    • 銀行口座
    • クラウドファンディング
    • 暗号資産交換所
    • 暗号資産ウォレット
    • Eコマース・プラットフォーム
    • オンラインバンキング
    • 決済処理機能・プラットフォーム
    • サブスクリプション・サービス
  • ITインフラストラクチャ
    • ドメイン
    • Eメール用ドメイン
    • ネットワーク機器
    • IPアドレス
    • なりすましドメイン
    • プロキシ
    • リダイレクト用ドメイン
    • サーバー
    • VPN
  • ソフトウェア
    • ゲーム
    • ゲームMod
    • マルウェア
    • モバイルアプリ

このようなIT・オンライン・アセットの取得方法は、アカウントの大量作成、アカウント乗っ取り、休眠アセットや既存アセットの再利用、購入、レンタル等様々です。
SNSアカウントに用いられるプロフィール画像についても、AI生成や動物、魅力的な人物(若い女性等)、イラスト、風景、ストック画像、他アカウントからのコピー等いくつかの選択肢があります。特に、AI生成画像や盗用された画像はプラットフォームに検知される可能性があるため、一般ユーザーの間でもよく使われる動物やペット、風景、イラスト、魅力的な人物等のプロファイル写真は有効といえます。

ITアセット以外には、ターゲット国の特定グループやユーザーを利用する手段もあります。
「無自覚な協力者」(Ignorant Agents)あるいは「役に立つ馬鹿」(Useful Idiot)と呼ばれる協力者を増やすことも準備フェーズにおける作業の1つです。冷戦時代に共産主義の理想を信じ、ソ連の情報工作等に(本人たちはそれとは知らず)協力していた西側諸国の同調者を指すのによく用いられた歴史的な言葉です8

亡命した元ソ連軍情報機関員のViktor Suvorov9は、当時かれらに利用されていた西側諸国のソ連友好団体が、陰で「糞食い」呼ばわりされていたことを回想しています10

わたしが言っているのは外国に存在するソ連友好団体の多数のメンバーである。建前ではソ連代表はこうした寄生虫を友好的に取り扱うが、陰ではかれらを「糞食い(Shit Eaters, Govnoed)」と呼んでいる。
GRU・KGBの将校ともに、糞食いたちよりも工作員に対して経緯を払う。かれら工作員の動機はわかりやすい――安楽な生活と金である。
しかし、ソ連友好団体の友人たちの行動は、ソ連市民にとってはまったく理解しがたいものである。……これらソ連の友人たちは、ジレットカミソリに始まる文明の恩恵を享受し、いつでもほしいものを店で買い、バナナでさえいつでも買うことができるにも関わらず、ソ連を賞賛するのである。

ソビエト情報機関にとっては、こうした人びとは糞食い以外の何物でもない。 

Viktor Suvorov

他に、明確な目的を持った集団の登用も行われます。
このグループには、オンライン上の荒らし(Troll)アカウント、契約企業、偽情報作戦に賛同するハクティビスト(あるいはパルチザン)が含まれます。
「無自覚な協力者」および登用された協力者を活用し、資金調達を行うことも可能です。

偽情報作戦にとって障害となる敵対組織・運動の中に工作員を潜入させる方法も存在します。敵対組織のグループやコミュニティに潜入した工作員は、様々な迷惑行為や過激な行為を行い、当該グループや運動のレピュテーションを毀損し、また仲間割れを発生させます(バタフライ攻撃)11

DISARMフレームワークでは、他にコンテンツ自体のアウトソーシングや物理的な放送設備(TV、ラジオ等)の確保にも言及しています。

正当性の確立

偽情報を真正のコンテンツであると信じ込ませるために、次のような技術を用いて正当性・信頼性を確立します。

  • 信頼できる情報源との協力
    • 草の根運動
    • インフルエンサー
    • 信頼・知名度のある人物
  • 偽ニュースサイトの開設

偽情報拡散の中核である「ペルソナ」すなわちオンライン上のユーザーや人物は、本物らしさを出すために以下のような肩書を名乗ります。

  • 活動家
  • ビジネスマン
  • 専門家
  • ファクトチェック組織
  • 政府職員・政府高官
  • 政府機関
  • ハクティビスト
  • ジャーナリスト
  • 機関・組織
  • 地域の住民
  • 軍関係者
  • 報道関係
  • NGO
  • 政党
  • 研究者・シンクタンク
  • 社会問題を追及するペルソナ
  • 出会い目的のペルソナ

このような架空のペルソナあるいはなりすましだけでなく、実在の人物を賄賂や報酬によって雇用し、信頼性のある情報発信源として利用することも可能です。

マイクロターゲティング

作成した偽情報コンテンツを最も効果的に発信し、また効果を発揮するために、ターゲット層を具体的に絞り込み、特定します

マーケティングや広告の手法を活用することで、届けたい層に対しコンテンツを発信します。
具体的には、目を引くクリックベイト12、ターゲットに特化したコンテンツ、ターゲット広告の配信、エコーチェンバーやフィルターバブル13の活用等です。

チャンネルおよびアフォーダンスの選定

偽情報作戦による影響力を最大化するためのプラットフォームや関連する技術的特性(アフォーダンス)を選定するのが準備フェーズの最終戦術です。
プラットフォームのアルゴリズム、利用規約、許可されるコンテンツの種類、その他の使いやすさやアクセシビリティを決定する要素を含む技術的な特性を検討し、最適な方法を選定します。

ここでのプラットフォーム選定には、作成した偽情報コンテンツを公開する対象だけでなく、敵対するコンテンツ(反論やファクトチェック等)を妨害・制限する対象も含まれます。

以下はDISARMフレームワークに示されたチャンネルの例です。オンライン・オフラインの隔てなく検討すべきチャンネルが存在します。

  • 既存メディア
    • TV
    • ラジオ
    • 新聞
  • 政府の公的な外交ルート
  • 口コミ・レビューネットワーク
  • キュレーションサイト
  • 生成AIプラットフォーム
  • 外交チャンネル
  • オンライン投票
  • クローズドなプラットフォーム
    • 認証制コミュニティ
    • 暗号化通信チャンネル
    • 国外アクセス等地理的な制限のあるチャンネル
    • 有料プラットフォーム
    • パスワード制限のあるチャンネル
    • サブスクリプション制プラットフォーム
  • コンテンツ・プラットフォーム
    • 音楽・音声
    • ブログあるいはブログプラットフォーム
    • ファイルホスティング
    • 配信プラットフォーム
    • テキスト貼り付けサイト(Pastebin等)
    • ソフトウェア配信
    • サブスクリプションサービス
    • 動画
    • Webサイト
    • Wiki
  • SNS・コミュニケーション
    • 掲示板
    • チャット
    • Webサイトのコメント欄
    • フォーラム
    • 出会い系サイト
    • 画像掲示板
    • マイクロブログ(X(Twitter)等)
    • ゲーム
    • Q&A(Yahoo!知恵袋14、Quora15等)
    • SNS
  • その他のコンテンツ配信
    • レコメンデーション・アルゴリズム
    • DM(Direct Messaging)
    • Eメール
    • 短縮URL
    • オンライン広告
    • QRコード

ここまでで偽情報をターゲット国のターゲット層に宣伝・拡散する準備が整いました。
フェーズ3「実行」は、次の記事に続きます。


  1. 国内からの情報操作や感傷は「DIMI」(Domestic Information Manipulation & Interference)ともいわれます。 ↩︎
  2. https://www.disarm.foundation/framework ↩︎
  3. https://www.theguardian.com/science/blog/2017/jun/14/russian-fake-news-is-not-new-soviet-aids-propaganda-cost-countless-lives ↩︎
  4. https://disarmframework.herokuapp.com/technique/22/view ↩︎
  5. https://pastebin.com/ ↩︎
  6. https://www.4chan.org/ ↩︎
  7. https://www.britannica.com/topic/4chan ↩︎
  8. https://www.collinsdictionary.com/submission/18560/useful+idiot ↩︎
  9. https://www.usni.org/people/viktor-suvorov ↩︎
  10. https://www.amazon.co.jp/-/en/Viktor-Suvorov/dp/0026155109 ↩︎
  11. https://newsliteracy.psu.edu/glossary/butterfly-attacks ↩︎
  12. https://support.google.com/google-ads/answer/9984360?hl=ja ↩︎
  13. https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd114210.html ↩︎
  14. https://chiebukuro.yahoo.co.jp/ ↩︎
  15. https://jp.quora.com/ ↩︎

執筆者

G.アルボフ

G.アルボフ

ビヨンド・ネットウォーの運営者。 自衛隊を経て現在は民間人です。 情報戦やサイバー戦・認知戦・心理戦・総力戦等に関心があります。

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