偽情報(Disinformation)とは、人びと・組織・国家を操作することで、損害を与え、誤った方向に導くことを意図した虚偽の情報1を指します。
かつて偽情報の発信は、国営テレビやラジオ、新聞といったメディアに限定されていました。あるいは発信力のある知識人やジャーナリスト、芸術家といった一部の人間が、首謀者に買収され・あるいは自発的に協力して発信するものでした。
いま、資金と組織力を持った国家や勢力は、インターネットを作戦領域の1つとして偽情報を拡散し、ターゲットとなる人びとの認知を変容させようとしています。
本記事はEUの外郭団体が作成した偽情報調査ガイダンスを元に、インターネット上の偽情報を追求する具体的な手段やツールを紹介します。
パート1では、偽情報を調査するためのコンセプトに焦点を当てます。
偽情報の兆候
あやしい情報
偽情報は特定の勢力が組織的に流布・拡散するメッセージであるため、ターゲットに届き、彼らの認識を変容するための特性を備えています。
次のような特徴を持つ情報に接したときは、注意深く確認する必要があります。
- 感情的な反応を煽る
- 議論の分かれる問題に対して、過激・大胆な主張を行っている
- 一見して異常な主張を行っている
- クリックベイト2を含む
- わずかながらの正確な情報を歪曲・誇張している
- 信じがたいほど素晴らしい内容(できすぎた話)
はじめにやること
本格的な調査を行う前に、まずできることがあります。以下は米国サイバーセキュリティ当局CISAの資料3を参考に、怪しげな情報に対する取り組みを紹介します。
はじめにやるべきことは情報源の調査です。情報の内容と発信元を精査し、信用に値するかを検討しなければなりません。著者の経歴や、掲載メディアの詳細、補助的な事実の真正性を調べます。
話題となっている問題について、信頼できる情報源が何と言っているか、別の情報源は何と言っているかを公平な視点から調査します。
政府公式Webサイト等は、正体不明のWebサイトやSNSアカウント等に比べて、比較的信頼できるソースの1つです(ただし信頼度は絶対ではなく、非民主国家や偽情報作戦を多用する国家の場合は特に注意が必要です)。
コンテンツを拡散させたり、クリックしたりする前に、落ち着いて考える必要があります。事実をまず確認します。
もっとも有害な偽情報のいくつかは、脊椎反射的な反応を煽る投稿によってシェアされ、瞬く間に拡散されます。このような偽情報は、ターゲットから批判的思考を奪います。
偽情報と思しきコンテンツについて、家族や知人と話してみることが大切です。SNSにシェア・投稿する内容については、慎重である必要があります。
偽情報調査の方法
ここからは、対象となる情報を本格的に調査する手法をステップごとに紹介します。
偽情報調査のフレームワークとして利用するのは、EU外郭団体であるEuropean External Action Service (EEAS)4が発行した『How to Detect and
Analyse Identity-Based Disinformation/FIMI : A Practical Guide to Conduct Open Source Investigations5』です。
偽情報作戦の脅威を調査するうえで、まず5W(Who、What、Where、When、Why)を推測します。
種別 | 意味 |
Who | だれがやっているのか? だれがターゲットか? |
What | どんなアクティビティが行われている? |
Where | インターネットのどこが舞台? |
When | どんなタイミング? |
Why | 偽情報作戦の動機・目的は? |
EEASによる当該ガイダンスは、アイデンティティ(性別、性自認、性的指向、健康と生殖に関する権利等)に基づく偽情報に対抗することを目的として作成されていますが、影響力作戦を検知・分析するために必要な調査の要領は偽情報全般に適用することができます。
WHO:標的・首謀者・観衆
偽情報の標的となるのは通常、少数民族や人種的マイノリティ、LGBTQ+、女性といった脆弱なグループです。
偽情報作戦は、こうした脆弱なグループが伝統や慣習を外れて行動した際に、組織的・計画的に発動されます。
偽情報作戦の首謀者がだれかを特定することは、最も難しい事項の1つです。首謀者は国家や非国家主体等様々ですが、かれらは自分たちの作戦や企図が露見しないようにリソースを投入しています。
ガイダンスでは、投稿に「いいね」を押すなどの「賛同(Endorsement)」が、直ちに組織的な活動を示すものではないことを指摘しています。
また、女性の権利やリプロダクティブ・ライツに反対する超保守主義ネットワーク等は国境を越えて構成されているため、偽情報作戦が海外からの介入であるのか、国内の現象であるかの境界があいまいになる傾向にあります。
最後のアクターは「観衆」です。これは偽情報を受容する層であり、首謀者が偽情報を拡散させ、浸透させる対象です。文献によっては「ターゲット」と称されることもありますが、ここでは「観衆」とします。
観衆の特定には、人口統計やメディア視聴傾向を調べることが役立ちます。
WHAT:行動
偽情報作戦における首謀者の行動は、状況に応じて変化します。
こうした具体的な振る舞いを調査する方法の1つは、偽情報作戦のTTP(Tactics、Techniques、Procedures)をフレームワーク化したDISARMを利用することです。
DISARMフレームワークは、当ブログでも記事にしています。
DISARMフレームワークは、偽情報作戦で用いられる戦術や技術を包括的に把握するのに適しています。
例えばエコーチェンバーの悪用やユーザー間の分断、既存のデマや陰謀論の活用、その時その時の行事や時事問題の活用といったパターンを知ることができます。
WHERE:オンライン空間をマッピングする
偽情報作戦は通常、複数のオンライン・プラットフォームで行われます。
- 大手SNS・プラットフォーム
- より規制の緩いプラットフォーム
- セキュアなメッセージング・アプリ
- クラウドファンディング
多様なプラットフォームにおける首謀者の活動を把握することによって、偽情報の拡散システムを理解することができます。
WHEN:タイミングとイベント
偽情報による攻撃や拡散は、しばしば政治的・社会的・文化的、経済的なイベントや事象に合わせて増大します。
このようなイベントには選挙や記念日、危機、国際紛争が含まれます。偽情報の兆候を検知するにはこういったトレンドを把握しておくことが重要となります。
EEASのガイダンスでは、このような国際的事象に合わせた偽情報作戦として2022年の「ドッペルゲンガー作戦(Doppelganger Operation)」6を例示します。
この作戦では、西側諸国のウクライナ支援を弱体化させるために、ロシアが複数のナラティブ(ターゲットに信じ込ませたいストーリーやテーマ)を拡散しました。この作戦では、ロシアはダミー企業を利用し、偽ニュースサイト、偽政府サイト等のインフラを活用することで西側諸国民の投票行動や認知を変えようとしています。
WHY:首謀者の目的を評価する
偽情報を拡散する主体は、選挙に対する影響力行使や、民主主義システムの棄損等様々です。
脅威アクターは、ターゲットとなる国家や人々の間にもとから存在する分裂や断絶、社会問題を悪用し、世論を二極化しようとします。代表的なものが、マイノリティや隅に追いやられたコミュニティに対しすべての悪の責任をかぶせるというものです。
第2部では調査ツールを紹介
続く第2部では、フレームワークの各エリアごとに役立つツールを紹介します。
- https://www.cyber.gc.ca/en/guidance/how-identify-misinformation-disinformation-and-malinformation-itsap00300 ↩︎
- https://support.google.com/google-ads/answer/9984360?hl=ja ↩︎
- https://www.cisa.gov/sites/default/files/publications/tactics-of-disinformation_508.pdf ↩︎
- https://www.eeas.europa.eu/_en ↩︎
- https://www.eeas.europa.eu/eeas/how-detect-analyse-identity-based-disinformationfimi-practical-guide-conduct-open-source_en ↩︎
- Office of Public Affairs | Justice Department Disrupts Covert Russian Government-Sponsored Foreign Malign Influence Operation Targeting Audiences in the United States and Elsewhere | United States Department of Justice ↩︎
-
フランスのサイバー攻撃作戦ドクトリン
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