2025年2月4日、フランス国防安全保障局(SGDSN)1傘下の外国デジタル介入監視・防止機関(VIGINUM「ヴィジニュム」2)が、2024年ルーマニア大統領選における情報操作に関する報告書3を公開しました。
当該報告書では、ルーマニア大統領選におけるTikTokアルゴリズムやインフルエンサーを悪用した世論操作・情報操作の手法に言及するとともに、こうした外国勢力からの選挙プロセス干渉がフランスにも移転されるおそれがあると警告しています。
本記事では情報操作の手法を紹介し、また日本でこのような干渉が発生した場合に検知するための兆候を考えます。
親ロシア派無名候補の唐突な浮上
2024年11月、ルーマニア大統領選挙の第1回投票で、それまでほとんど無名であったカリン・ジョルジェスク氏が首位を獲得しました。ジョルジェスク陣営は国民の間で非常にポピュラーなSNSであるTikTokを駆使し、短期間で急速に支持を伸ばしました。
この結果に対して、ルーマニア諜報機関が国外からの干渉を報告し、またマスメディアもロシアの関与を指摘していましたが、翌12月、憲法裁判所が大統領選の無効を判断しました4。
渦中の人物であるカリン・ジョルジェスク(Calin Georgescu)は元々右派のルーマニア統一同盟に所属していましたが、親ロシア・反NATOの姿勢から政党内で批判され2022年からは無所属となっています。
報道によればジョルジェスク氏はプーチンを「愛国者」と評価し、またウクライナを「人為的に作られた国家」と発言したといいます5。
今回紹介するVIGINUMの報告書は、外国勢力がSNSおよびインフルエンサーを利用し世論を操作した具体的な手法とリスクを分析するものです。
なお、報告書中では「外国勢力」の名指しを控えていますが、ルーマニア安全保障協議会が大統領選の結果を受けて公開した情報機関報告書6では、ロシアの干渉可能性や、敵対的行動について明記しています。
TikTokのアルゴリズムを悪用
大統領選が近づくと、無名候補ジョルジェスクは突如TikTokで注目を浴びるようになりました。
ジョルジェスク氏を支持するアカウントの登録者数やハッシュタグが急激に増加しました。
VIGINUM報告書が「洗練されたアストロターフィング・キャンペーン7」と形容する、ジョルジェスクに関するトレンドを人為的に生成する手法をまとめると以下のとおりです。
- 数千のボットアカウント、休眠アカウントを動員し、ジョルジェスク支持コンテンツを投稿
- 複数のDiscordおよびTelegramチャンネルでSNS戦略の調整を実施し、作業員を統制
- TikTokのモデレーションポリシーに抵触しないよう、コンテンツをオリジナルに見せかける
- 人気のあるコンテンツに対しジョルジェスク支持コメントを大量投稿

工作に利用されたインフルエンサーの脆弱性
またこの情報操作では、様々な形でインフルエンサーが関与しています。
ルーマニア国内で活動するTikTokインフルエンサー100人以上が、案件仲介プラットフォーム「FameUp」を通じて、投票に行くことの重要性に関する意識啓発動画を投稿しました。
この動画に対し工作アカウントがジョルジェスク支持のコメントを大量投降し、またインフルエンサー動画とジョルジェスク支持コンテンツを関連付けました。
かれらは、意図せずして情報操作・影響力作戦に利用されたといえます。
別のインフルエンサーは、公にジョルジェスク氏を支持するコンテンツを公開し、報酬を受け取ったとされています。
一連のインフルエンサー動員は、ウクライナに所属するオンラインカジノ企業が設置したと推測されるダミー企業および組織の資金によって行われたことが判明しました。
影響力作戦のリスク
VIGINUM報告書は、2024年のモルドバやジョージアといったロシア周辺諸国で見られた選挙への外国干渉とその手法が、フランスにも転移するおそれがあるとして注意喚起しています。
また、SNSプラットフォームのモデレーションや規制強化の必要性を訴え、インフルエンサーと彼ら向けのマーケティング・プラットフォームが外国勢力に搾取されるリスクについても警告を発しています。
民主主義プロセスの中核である選挙・投票行動をターゲットにした影響力作戦や情報操作は古くからあるものです。
米国や西側諸国は、アジア・アフリカ諸国や中南米諸国の選挙に対し、秘密工作や資金提供を通じて働きかけを行いました。一方ソ連は国営メディアや各国のローカルメディアを利用し、西側諸国を毀損する偽情報を拡散させてきました。
KGBには、国際連合における米国のレピュテーションを低下させるため、米国人になりすまして、有色人種の国連職員に対し執拗に人種差別的な手紙を送り続けた過去があります。
インターネットの発達とメディアの多様化によってその形態は変わりましたが、情報操作や世論操作の原則は不変であり、絶えず不正の脅威に晒されていると考えられます。
選挙プロセスを外国勢力や違法な工作から保護し、選挙・民主主義の正統性を確保するためには、こうした活動を監視し未然に防ぐことが重要です。
どうすれば工作活動を検知できるのか
日本の選挙に対して外国勢力あるいは第三者勢力が情報操作を行うとしたら、どのようにその兆候を検知すればいいでしょうか。
ここでは私が思いつく不審な兆候を挙げました。
日本でよく使われるLINE・X・TikTok・Facebookを想定しています。
- 特定の政治系グループで急増したアカウント(作成日や発信内容の調査が必要)
- 「拡散希望」といったチェーンメール式のメッセージ
- フィッシングサイト・偽ニュースサイトに誘導するメッセージの大量送信
- 特定の政治トピックが突然トレンド入り
- 新規アカウントが政治的投稿を大量発信するが、時間帯が9時から5時までと不審
- 候補者や特定政党への誹謗中傷の急増
- 動画や画像の使いまわし
- コンテンツに機械翻訳や生成AIの兆候
- 広告に政治的メッセージ
- コメント欄が特定の政治的意見で埋め尽くされる
- 突然政治的なコンテンツの発信を始めるアカウント
- 国外IPアドレスからの投稿
- 案件仲介サイトや副業サイトに不審な依頼が掲載されている
- https://www.sgdsn.gouv.fr/ ↩︎
- https://www.sgdsn.gouv.fr/notre-organisation/composantes/service-de-vigilance-et-protection-contre-les-ingerences-numeriques ↩︎
- https://www.sgdsn.gouv.fr/publications/manipulation-dalgorithmes-et-instrumentalisation-dinfluenceurs-enseignements-de ↩︎
- https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/12/5539b706af134586.html ↩︎
- https://apnews.com/article/romania-election-president-europe-georgescu-90bebd251cb1376ee654c58d90afa956 ↩︎
- https://www.reuters.com/world/europe/romania-carries-out-searches-election-financing-probe-after-vote-annulled-2024-12-07/ ↩︎
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0 ↩︎
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